────── 映画友達上映VOL.12 ──────

 * ネタバレ注意でございます(笑) * 

Isao Okishima

沖島勲

───「二つにパカッと割って・・・」


以前、粟津慶子さんの『収穫』を観せて貰った後、私は、“母親役の女性が凄くエロい”“女教師の演技がやたらに上手い”“気の狂った陸上部員がグラウンドを走るシーンが上手く撮れている”・・・といったことを述べ、“その他の部分(ストーリー等)は劇画的にやっているね”と言った筈だ。多分、当の監督からは何の返答も無かった。

ただその時、私の中で、もっと核心的な事、つまり、テーマとか意図とか意味といったものについてもっと触れなければいけないと思い乍ら言葉にならず、一瞬、もがいたような記憶がある。

 そして今度改めてDVDを観てみて・・・成程、これは“女”が勝利する映画なのだ。テーマもなにも、映画の中で女が完全に勝利している、それ以外に、何を言う事があるかと云う映画なのだ。陸上部の器材室に眠る金色に塗られた砲丸球(金玉)は、パカッと2つに割られて、“収穫”され、にんまりと笑われている訳ダ。

 西山朱子さんの『マルクス四谷怪談の巻』も、パカッと二つに割ったような映画だ。元々の「四谷怪談」も劇中密かに仕込まれているらしいのだが、割られた二つの片方として蹴り飛ばされ、作品の興味はもっぱら残った片方のみに集中している。よくまァ、あんな可愛い可愛いゝ顔をして、腹の据わったギャグ、真面目な冗談が連発出来るものだ。然し、私はその秘密を知っている。『一万年、後・・・。』という私の映画で、彼女は炊事の手伝いに来てくれた。私がセットに入ろうとして細い廊下に出た時、彼女が一服している姿が見えた。私はギクッとして足を停め動けなかった。その横顔は、他人に見せる顔とは異なった、厳粛な、ふてぶてしいまでの成熟した女性の顔だった。“アゝ、あの顔がこの作品を作らせたのだ”と納得した。

 二人の作品共、女性独特の緻密さを持った、私等思いもよらない出来栄えだ。

 又、抜かれてしまった!

映画監督・脚本家。他、TVアニメ『まんが日本昔ばなし』のメインシナリオライターとして約1230本の脚本を担当。最新監督作『WHO IS THAT MAN!?あの男は誰だ!?』、完成したばかり。

 

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Akihiko Shiota

塩田明彦

───『収穫』について


 『収穫』は奇想を構造化することにより喜奇劇とでも呼ぶべき世界を構築した。傑作!

映画監督・脚本家。最新監督作『世界』(2011)《311仙台短篇映画祭映画制作プロジェクト作品『明日』の一編》

 

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Hiroshi Takahashi

高橋洋

    ───『収穫』について


人間はみんなケダモノだ、それを受け入れよう!という丸ごとの全肯定。まるで思いもしなかった回路から、ルノワールが見つめていたような世界が立ち上がって来る。作者はそんなこと考えていないかも知れないが。


 

   ───『マルクス四谷怪談の巻』について


 昨年末、「コラボ・モンスターズ!!」上映会でお披露目した、西山洋市曰く”“髷を着けない時代劇”の最新作。『四谷怪談』の直助権兵衛はまるでハーポ・マルクスに見えるという「読み」から構想された。南北劇のアナーキーさはよく知られているが、今まで何でマルクスまで突き抜けようとしなかったのか、意表を突かれた。知らず知らずにとらわれた“時代劇”の思考の枠組ゆえではないか。しかし何よりも重要なのは、一人一人の登場人物の所作と発声の音律に体現された、“演出”という西山朱子の戦い方である。思うに“演出”とは作り手にしか見えないもの、実は見えているのに見えないものだ。それを観客に開示し、共有してゆく、ちょっとブレヒトを想起させる試みは“髷を着けない時代劇”のアナーキーさ故に可能となるかも知れない。四谷左門を演じる布川恵太のおかしさは形容を超えたレベルに達している。無理やり言葉にすれば、小柄な彼はまるでずっと踏み台の上に立たされているかのような(現場用語:セッシュ)奇怪なリアルを獲得している。      ──映画芸術2013winter号 

映画監督・脚本家。ジャパニーズ・ホラー映画のスタイルを確立させた立役者。監督作『旧支配者のキャロル』2012映画芸術ベストテン4位。最新作『炎の天使』は3/8に公開された。

 

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Kouichirou Ikawa

井川耕一郎

───『収穫』について


怪作である。映画が始まってすぐ、教室で腕組みして居眠りする女教師が映るのだが、その姿がどうしようもなくおばさん的で笑ってしまう。ところが、彼女が眼鏡をはずして、生徒の岡崎くんを見つめるカットを見て、あっと声が出そうになった。おばさん的肉感はそのままなのに、妙に色っぽいのだ。信じられないことだが、「眼鏡をとったら美人」という嘘くさい事態が現実に起きてしまったようなのである。

 

顔の印象がカットごとにちがって不安定というのは、主人公の千代にもあてはまることだろう。最初、千代は地味で野暮ったい女の子にしか見えない。だが、憧れの山下先輩が彼女の髪についていた花びらをつまんで、それを掌にのせて示すあたりで、がらりと顔の印象が変わってしまう。花びらというより山下先輩の手をじっと見つめ、それから顔を寄せてにおいを嗅ぐときの表情に、見る者を惹きつける不思議な何かがあるのだ。

 

見た目の美しさから言うと、千代よりも友人の冴子の方が上なのだろう。体育用具倉庫で千代が冴子、山下先輩と放課後をすごす場面があるが、見ていて感じるのは、すっきりした輪郭の顔の冴子や山下先輩と並ぶと、千代の頬のふくらみが目立ってしまうことだ。だが、逆にそこがいのである。見ているうち、次第にあの頬の肉のやわらかさを指先でつついて確かめてみたいという気になってくる。そして、いつもゆるく開き、ほんの少しだけ前に突き出ているような唇にも、私たちは魅せられていくことになるのである。

 

その唇が活躍しだすのは、映画の後半、千代が女教師の進路指導を受けるあたりからだ。「先生、黄金の砲丸という伝説を知ってますか」と言うなり、千代の唇から言葉があふれ出てくる。それは昔、陸上部にいたある生徒の話だった。彼は女の子とつきあうようになってから記録が伸びず、花形選手の座から脱落。とうとう気が狂い、ある夜、体育用具倉庫に彼女をつれこみ、その歯を全部ペンチで引き抜いてしまったのだという……。

 

歯の生えた性器というヴァギナ・デンタータ伝説を下敷きに使っているのだろうか。セックスに対する憧れが恐怖に反転し噴出したような処女の妄想である。呆れてしまうのは、倉庫内に飛び散った血を隠すために金色のペンキを塗ったというくだりだ。セックスを連想させるような痕跡を消そうとしているのに、砲丸にもペンキを塗ってしまうとは! 冗談みたいにあっけらかんと金玉が登場してしまったことに粟津慶子自身は気づいているのかどうか。彼女の演出はどこまで意識的なものなのか分からないところが恐い。

 

いや、粟津慶子は確信犯的に金玉を登場させているにちがいない。そう思ったのは、夜の体育用具倉庫で処女の千代と童貞の岡崎くんが出会う場面を見てのことだ。ここで岡崎くんは黄金の砲丸の真実を探ろうとして、玉を膝の上にのせて鋸でまっ二つに切ろうとしている。その上半身をとらえたカットはどう見ても、自慰をしている姿ではないか。そして、岡崎くんの自慰を息を殺して見つめる千代――これはもう爆笑ものである。セックスをほのめかすような描写を積み重ねていって、粟津慶子の表現は限りなくそのものずばりに近づこうとしている。このひとはただものではない。

 

ラストで、千代は物陰から冴子と山下先輩のキスを盗み見てしまう。そして、隣にいる岡崎くんとキスしてしまうのだが、このキスには本当にまいってしまった。暗がりでのことなので唇はよく見えないのだが、千代の頬の肉の動きですべてが分かってしまう。千代と岡崎くんは互いの唇をむさぼるように何度も何度もキスをくりかえしているのだ。『収穫』は「桃まつり kiss!」というオムニバス映画の一篇なのだが、キスというお題に正面から本気で取り組んだのは粟津慶子だけではないのか。キスしたい!という欲望に衝き動かされているのは、千代だけではない。きっと粟津慶子自身もそうにちがいないのだ。

     ──映画芸術2010winter号(430号)

映画監督・脚本家。最新作は撮影・構成で渡辺護自伝的ドキュメンタリー『糸の切れた凧 渡辺護が語る渡辺護』(11)、『つわものどもが遊びのあと 渡辺護が語るピンク映画史』(12)

 

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Asuka Shinagawa

品川明日香

    ───『収穫』について


複数の人間の視線が行き交う、
視線の交差する地点にキスが(物語が)生まれる
平凡な女子高生である主人公は、常に物語を目撃する(覗き見る)場所にいる
親友と憧れの先輩を 担任と同級生を 同級生の母親とその不倫相手を

視線の交差の先に生まれるキスはいつでも秘め事である
秘密が生まれるそのとき、当人たちは目を閉じてしまう
見つめる主人公の目を遮断するように。


体育倉庫のドアはいつでも閉じられる
少しの隙間を残して。
物語は、こじ開けられるのを待っている



金色は、この映画そのものである
血しぶきを隠すために一面に塗られたという黄金色の伝説
しかし一面の黄金が映像に現れることはない
画面に現れる唯一の金色、砲丸が割られるとき
(その作業は血液の流出を伴う)
それは同時に秘密が暴かれるときである
見る/見られるの関係が崩壊し
主人公は、親友と憧れの先輩とのキスを目撃しながら
体育倉庫から共に逃走した、覗き見る対象であった同級生とキスをする
物語の外にいた主人公はついに物語を獲得し、目を閉じる
今度は観客であるわたしたちが、物語を覗き見る立場になっている
夜の闇の中の(目を閉じた主人公の)キスのラストシーンは、それが黒である(盲目である)が故に
一面に広がる黄金の稲穂畑を彷彿とさせ、
思春期の主人公の、何か満たされないモヤモヤから来る匂い立つ色気のあるひとつの着地点として、「収穫」というタイトルが立ち上がってくるのである。     ──目撃する・逃走する・再び閉じる

詩人・仲居 25歳 女性

 

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